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開 運 術

開運術第五課 ダルシャン

 開運術も第五課ということで、いよいよ高度で神秘的なテーマを扱うことになります。ダルシャンは扱いがむずかしく書こうか書くまいか迷っていたテーマですが、読者の皆さんには、これを読むことによって利益になる方もいると思われるし、開運術という世界の全容を紹介することを目指している以上、このダルシャンという世界の概要を紹介しなければなりません。それではトランジットする惑星の導くままに、このテーマを書き進めていきましょう。

●ダルシャンの言語的意味

 いまの日本でダルシャンというと、多くの人がアマチやサイババのダルシャンを思うのではないでしょうか。しかしダルシャンはサンスクリット語のダルシャナ(darsana)の俗語表記で、ダルシャナというサンスクリット語は、本来そのような特殊な事例に限定されない、広い意味を持った一般的な名詞です。

 サンスクリット語のダルシャナは「見ること、見解、哲学」などを意味します。したがって、例えば「仏教」という言葉は、サンスクリット文献では「バウッダ・ダルシャナ(ブッダ信奉者の見解)」と表現されることもあります。またインドの古代哲学を集成した「サルヴァ・ダルシャナ・サングラハ(全哲学綱要)」といったサンスクリット文献も存在します。

●他力本願的開運術としてのダルシャン

 しかしインド民衆のダルシャン(本来は、宗教家を「見ること」)に対する熱望は、インド宗教における聖者という存在の意味付けによって、たいへん真摯なものになっています。インド宗教では、聖者の徳は他に伝えることが出来るものであり、聖者に祈願し、称賛し、聖者を見、触れることによって得られる功徳というものがあると考えます。もしこのような見解が事実であるなら、ダルシャンは究極の他力本願的開運術ということになります。

 それでは聖者を見ることによって、その聖者の持つ功徳を受け取るというダルシャンは、本当に成立するのでしょうか?

●自力的開運術としてのダルシャン

 「信じる者は救われる」というスタンスでは、敬虔な信仰であっても開運の「術」としての原稿にならないので、以下にダルシャンに関係すると思われるいくつかの経験を述べて、その意味を検討してみましょう。

 私は一時期、ハタ・ヨーガやラージャ・ヨーガなどのヨーガ修行を集中的におこなっていた時があり、そのとき知り合った神経内科のSドクターがこんな話をしてくれたことがあります。

  「神経内科では、脳波測定をおこなう事が多いのだけど、測定に熟達してくると脳波から患者の意識状態がある程度読めるようになる。そして不思議な話だけど、脳波の波形に精神を集中すると、患者の意識状態に同調して自分も同じような意識状態になるので、困ってしまう。」

 これはSドクターの医師としての職業的修練と、ヨーガ修行による霊的修練がミックスされた結果、脳波を「見る」ことによって、患者の意識状態を受信する能力が身に付いてしまった例といえます。これと似た経験が私にもあります。それはラーマクリシュナの出生図を見ながら、集中してかなり深いリーディングが出来ると、それほど強くはないのですが、心に至福感とでも表現できるようなエネルギーを感じるという経験です。

 これを暁研究員に話したところ、彼女も実は似たような経験をしていました。そして、そう言えば私達が毎晩のように付き合った、羽田先生の徹夜のリーディングの最後が、しばしばラーマクリシュナで終わっていたことを思いだし、羽田先生もいろいろなリーディングによる影響を、ラーマクリシュナのリーディングで浄化していたのではないかという結論に、二人で達したことがあります。

 暁研究員も1000人以上の鑑定をこなしているで、ダルシャン的特殊能力は、私やSドクターのようにヨーガなどある程度のスピリチュアルな修行をおこなっていたり、暁研究員のように特殊な技能に高度に習熟していれは、かなりの確率で発現すると考えてよいのではないでしょうか。しかも、私や暁研究員やSドクターの経験のように、このダルシャンは時間や、空間や、「見る」ことに使う媒体の制限すら超えて、成立可能であるもののようです。なにしろ私達の場合はホロスコープだし、Sドクターの場合は脳波なのですから。

 しかし一般的な意味でのダルシャンが、聖者の姿を見ることを意味するように、脳波やホロスコープより聖者の写真の方が、ダルシャンをおこないやすいのは言うまでもありません。私もイチローやタイガーウッズの写真を見るときは、スポーツ科学的な見方と共に、エネルギーや意識の構造も読み取ろうとします。また聖者の写真を見るときは、その聖者のエネルギーのクオリティを読み取るために、自分の意識を特殊な半瞑想状態に調整します。

●聖者の功徳とは何か?

 ダルシャンによって、ダルシャンの対象となる聖者から功徳というエネルギーを受け取ることが出来るということを認めるとして、功徳のエネルギーとは何かということが、問題になります。それを、私のラーマクリシュナのチャート・リーディングの経験から推察すれば、幸福感や至福感と表現できる心のエネルギーではないかと思われます。

 実は研究日誌に載せたダライラマ14世の写真も、多くの写真の中から、空の悟りや慈悲の心という菩薩の心(=エネルギー)を感じとることが出来たものを選んでいます。仏教の聖者の写真からは、ヒンドゥー教の聖者とは異なった柔らかで広がりのあるエネルギーが感じられ、「ニルヴァーナ」や「空」という言葉が心に浮かんできます。

●ダルシャンが成立する条件

  ここで一つ問題があります。それは精神的・霊的な修行をしていない一般の人でも、ダルシャンの効果はあるのかという問題です。直接に聖者と会う場合は、多くの聖者はその聖者を見る人に祝福のエネルギーを送ることを意思しているようなので、ダルシャンは受け手の受信感度が低くても効果が得られるといえるでしょう。

 しかしその人の意識状態が、微細なものに対して敏感でなければ、受けた祝福のエネルギーに気付くことが出来ないでしょう。そのような場合、エネルギーの受信効率は低いでしょうが、深い意識のレベルで確実にエネルギーを受け取っているはずです。これが直接に聖者を見ることの意味であり、インドの民衆のダルシャンに対する熱意の理由でしょう。

 聖者の写真からダルシャンの効果を得るには、それなりの微細な意識状態に入っている必要かあると思われます。そして微細な意識状態は、ヨーガやマントラの修行だけではなく、敬虔な信仰心によっても形成され、信仰心は対象となる聖者に対する強い集中があるので、瞑想修行と若干異なったメカニズムで確実にダルシャンが成立しているはずです。もっとも意識の微細さと集中のバランスによっては、その効果を明瞭に実感出来ない場合もあるでしょうが。 。

●スーパーダルシャン?

 聖者を直接見るという一般的なダルシャンに対して、聖者の写真を使ったダルシャンは瞑想修行や強い信仰心を必要とし、誰でも実践できるものではありません。しかし時間や空間を超えたこのダルシャンは、通常のダルシャンを超えたスーパー・ダルシャンと呼ぶことができます。そしてホロスコープや脳波の例のように、各種分野の技術も高いレベルになると、多かれ少なかれ無意識的なスーパー・ダルシャンが使われていると考えてよいようです。

 その意味ではスーパー・ダルシャンとでも呼ぶべき意識状態を達成する瞑想技法は、高度な技術性を要求される諸分野で成功するための秘密兵器ともいえます。

●微細な意識を達成するために

 それでは、微細な意識を達成するにはどうすればよいのかという問題になります。それは、ハタ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ、マントラ修行などが有効なのは確実ですが、誰でも比較的短い期間にある程度のレベルに到達できるという点では、内家拳系統の気功が優れています。それは気功で達成する微細な意識が、微細と粗雑の中間段階であるため、比較的達成しやすいからです。特にサトル・フィットネス系の気功は、身体操作の微細さから入っていくので、入門としては最適と言えるでしょう。そのうち開運術通信講座を開きたいと思っていますが、微細な意識の土台となる微細な身体を作る講座は、実技指導が中心となるので先に独立した講座を開く予定です。

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